自己紹介

☆ワーキングホリデーでオーストラリアへ渡豪
☆ワーキングビザを取得7年滞在
☆ダイビングインストラクターになり体験ダイビングにお連れしたお客様は1万3千人
☆グレート・バリア・リーフへ船でお連れした日本人観光客様は7年間で10万人
☆イルカやくじらの大自然との出会い
☆職人ロッドさんとの出会い
☆本格的にシルバーを輸出?
☆出国を決意(帰国とも言う)
☆カルチャーショック!
☆1年が過ぎ軌道に乗り始め・・・ 取引条件はこちら
☆2005年 ケアンズにショールームをOPEN !! お店の写真は こちら <<--
★2007年 ケアンズの情報サイト ケアンズボックス「ケアンズBOX」をスタート

お客様各位
前略
 この度は弊社のホームページにご興味をいただき誠にありがとうございます。
代表の平川(やつき)八生と申します。若輩ながら社長業を営んでおります。
 おかげさまで皆様に支えられ会社はまだ存続しております。
皆様のおかげです本当にありがとうございます。
たくさんのお客様にマイティーコレクションは愛されております。
販売した数から計算して20万人以上の人がマイティーコレクションを愛用して頂いている事になります。
これからも新しい作品や品質に努め、より多くの方々に愛用していただけるよう努力していきます。
これからもますますのご愛護をお願いしたくロッドさん含め社員一同心よりお願い申し上げます。

                                                       草 々

ワーキングホリデー
 私がまだ25歳の時に東京の某有名書店でワーキングホリデー制度を知り、オーストラリアへ渡豪したのが始まりです。
当時既に26歳なっていた私はマレーシアを旅した後シドニーに入り、バスと電車を使い常夏の町ケアンズへ2ヶ月かけて旅をしました。
この町を選んだ理由は1年を通してTシャツでOKだからです。
まったく英語が話せなかったのに、今思えばとんでもない事をしたもんだと思います。
やっとの思いで着いたケアンズの日差しは南国そのものでした。

ダイビングインストラクター
 海とサンゴに魅せられた私は、ダイビングの勉強に2ヶ月を費やし、ダイブマスターになった頃にはお金を全部使い切っていました。
その頃日本郵船会社の運営するクルーズ船 「サンラバークルーズが創業を開始」 で、日本人船員を探しているとの情報を地元ダイバーから聞き、見習い修行の後、正社員になりました。

 グレート・バリア・リーフとフィッロイ島への1日クルーズツアーで、お客様をお連れし、サンゴの海での半潜水艦やシュノーケリング、体験ダイビング等で通訳としてアシスタントしておりました。

 仕事が慣れた頃ビジネスビザの話が来たのですが、ダイビングインストラクターになるのが条件でした。
片言の英語しかしゃべれないのに、外国でインストラクターの試験なんて・・・(当時筆記以外の試験は全て英語でした)
成せば成る!簡単に一言にしましたが、後にも先にもあれ以上の猛勉強はもう無いと思います。

ダイビングインストラクターになり体験ダイビングにお連れしたお客様は7年間で、1万3千人になります。
ツアーにごいっしょされた日本人観光客様は7年間で10万人を超え、おかげさまで今でも日本の町で時々声をかけられます。
残念な事にみなさんの顔を覚えていないのが申し訳無いのですが、今この文章を読んであれーーーーもしかしてーーーーと、思われている方はいますでしょうか?
お久しぶりです。そーです私ですYATSUKIです。
メールお待ちしてます。hirakawa@yatsuki.co.jp

クジラとの出会い
 ボートと共に軽やかに泳ぐイルカ達はかわいいですよね、日本でもお馴染みですがクジラはでかいですよ!とても大きいです。ジャンプ後の水しぶきはすごい!
毎年9月前後の3ヶ月間が、ケアンズで出会うチャンスが多いです。
 私は一度ミンククジラと泳ぐ機会がありました。
6mの子供でしたが、あの巨体をスーとすべるように水の中を泳ぐ姿は優美でした。

イルカジュエリーとの出会い
 何かイルカジュエリーを身に付けようとケアンズのお土産店を見て回ると、どれも高すぎて手が出ない・・・とにかくお買い得品を探しあぐねて3千里 (チョット古いかも) やっとみつけたイルカのシルバーペンダント!やったーお手ごろ!即購入。 これが製作者ロッド氏の作品でした。

製作者ロッドさんとの出会い
 肌身離さず毎日付けてました。 これがお客様の目に止まり、どこいあるの?どこで買えるの?免税店にありますか?
しかし、売ってるお店が遠すぎるので、観光客様が簡単に行けない場所でした。
それなら作り手から直接仕入れられれば、お客様に直接安く売ってあげられるのでは・・・と思い、製作者を探しました。
 いま思えは灯台下暗しでしたが、当時はこの広いオーストラリアのどこで作っているのかわからないし、作り手の名前も分からない・・・とにかくいろいろあたってみました。
何度も何度も売っていたお店に足を運び、作り手の人がお店に作品を納めにくるのを待ってみたりもしましたが、そんな私を見ていた副店長が製作者の名前を教えてくれたのが1992年4月でした。

 当時ロッド氏はイルカ物を始めたばかりで、種類は十点あまりしかありませんでした。
彼が作り私が売るといった流通形式でがっちり手を組み、お客様が見てみたいといえば、ホテルや喫茶店など何処へでも見せに行きました。
これは大成功で、大変喜ばれました。
日本へお帰りになられた後もパンフレットで注文が来るなど大好評でした。
お客様からはお探しのデザインを聞いたり、日本では見たことが無いデザインなどアイデアを取り入れながら順調に種類を増やし、私は在庫を買い貯えました。

 種類が増えたところで今度は、日本の水族館に置いてもらおうと思い、一路日本へ営業!
何件か契約を取りオーストラリアへ帰国、FAXで注文が入り、郵便で輸出するといった方法です。
しかし、商品の発送がスムーズでないことと、新作をすぐ紹介する事や、消費者のニーズがつかみにくい事から、ダイビングインストラクター業をやめて私は日本へ帰国する事にしました。 南の国よさよーならー

カルチャーショック (97年10月16日、7年ぶりに本格的に日本の土をふむ)
 成田空港のホテルでお笑い番組を見て???しゃべりが早くて日本語が聞き取れない???日本語なのに???しかも見なれない人ばかりだ!7年は短い様で長かったのかも・・・翌日名古屋空港へ行き家に帰る途中では、お!何じゃあの車は?ほとんどの車は初めて見るデザインのものでした。 さらに、中古車が安いぞー!7年前300万のクラウンが60万に・・・私の知っている車は10年落ちなのでとても安く感じました!信じられないアンビリーバブルUnbelievable その後いろんな事でカルチャーショックを受けた事は言うまでもありません。

2005年 ケアンズにショールームをOPEN !!
 ショールームを開くにあたり一番の問題はビザでした。
申請書を手にしてから4年かかり、申請料はさほど高くないのですが、旅費などあれこれ費用が嵩み300万の出費です。
これから4年が正念場で、実績がないとさようなら・・・ですので頑張ります。

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